1)紙とロボット
こちらは、ロボット•カミイ。30年ちかく経って再びみた表紙、覚えていたと思っていたのと大分違いました。
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=422
このページのコメントにもありますが、確かに、この本を読んだとき、幼いながらに”死ぬ”ということを考えさせられたように思います。
一方こちらは、段ボールのロボット(の人形)
リボルテック•ダンボー
アニメか何かのキャラクターのようですね。
2)FREITAG
段ボールのざらっとした質感、というところでしか繋がりがありませんが、
先日、一仕事終えたので、前から欲しかったFREITAGのバッグを手に入れました。
既に廃品、じゃなかった、使い古しの材料でできたものを新しく買う、というのは、中古の服を選ぶのとも、アンティークに見えるデニムを履くのとも違う。
ビニールの質感がいまいち馴染めないので、一番小さなメッセンジャーバッグを通勤用に使うことにしました。
3)本
Bradbury Stories
1年ほど前に出張でいった先の大学生協で6ドルで購入。辞書のように分厚い。
ひとりの作家の短編が100編はいっている。週末に1編というペースで読んでます。
自分の作っているものから理屈を抜いたあとに残るトーンというか、雰囲気のようなものが、この作家の文章のトーンと近いように思えてならない。そう思って手にした100編。読み終える迄にそのトーンが何なのかしっかり把握したい。
月曜日, 12月 10, 2007
日曜日, 10月 14, 2007
数式でコミュニケーション
先日、プレゼントに電卓を購入した。
これ
モノリスというニックネームの電卓である。モノリスという名前をあの”2001年宇宙の旅”に出てくる石板からとっているのなら、漆黒でなくてはいけないし、各辺の長さが1、2、3の二乗である1:4:9でなくてはならない。(原典はここ)と思うのだが、この商品は漆黒というところだけモノリスっぽい。
ところでこの電卓は、いまどき珍しくルートキーがついている。珍しくない?
おそらく贈った人物は、電卓を使うことは多くても、ルートなどは仕事のなかでも使うまい。。。このキーはお隣さんの0やM+の横で永遠に押されないまま時を過ごすのだろう。
*
エレガントな日本製の電卓についた、永遠に使われないキーとその先の機能のことを考えていたら、父から電話が。
”。。。。で、ちょっと話が変わるんだが、ある数式の値を求めてほしいんだよ。20ルートSイコール。。。”
数式の値を求めてほしいという依頼は、一生にそうあるものでもない。変わった親子の会話ではないか?
父は子供の僕に2と3のルートの語呂合わせを教えてくれた人物で、恩義がある。式を解くためにあのルートキーのついた電卓があると便利なことに気づく。僕自身の親孝行のためにもこの電卓が必要かもしれない。次は父にこの電卓を贈ろう。
これ
モノリスというニックネームの電卓である。モノリスという名前をあの”2001年宇宙の旅”に出てくる石板からとっているのなら、漆黒でなくてはいけないし、各辺の長さが1、2、3の二乗である1:4:9でなくてはならない。(原典はここ)と思うのだが、この商品は漆黒というところだけモノリスっぽい。
ところでこの電卓は、いまどき珍しくルートキーがついている。珍しくない?
おそらく贈った人物は、電卓を使うことは多くても、ルートなどは仕事のなかでも使うまい。。。このキーはお隣さんの0やM+の横で永遠に押されないまま時を過ごすのだろう。
*
エレガントな日本製の電卓についた、永遠に使われないキーとその先の機能のことを考えていたら、父から電話が。
”。。。。で、ちょっと話が変わるんだが、ある数式の値を求めてほしいんだよ。20ルートSイコール。。。”
数式の値を求めてほしいという依頼は、一生にそうあるものでもない。変わった親子の会話ではないか?
父は子供の僕に2と3のルートの語呂合わせを教えてくれた人物で、恩義がある。式を解くためにあのルートキーのついた電卓があると便利なことに気づく。僕自身の親孝行のためにもこの電卓が必要かもしれない。次は父にこの電卓を贈ろう。
月曜日, 10月 08, 2007
つながること、触ること
建築家の吉松秀樹さんからうけたインタビューの内容が、母校の建築科の100周年記念本に掲載されています。
建築の本の書店 南洋堂のサイトでの紹介
”つながること、触ること”をテーマにインタビューに答えています。
100年の間に卒業した様々な建築家、デザイナー、アーティストの書いた文章やインタビューが集められた本です。古いものになると、”。。。といふ”といった旧かな使いでタイトルが書かれていたりして、歴史を感じます。
100年前といえば、現代美術という分野はなく、デザインという職能さえしっかりしていなかった時代です。そんな時代に既に日本で建築意匠の高等教育があったということを考えると、建築家という仕事の歴史の長さを感じるわけですが、一方で、現代建築の始祖のひとり、コルビュジェだって100年前にはまだ20歳でした。
*
名古屋でデザイナーとして働きだして一ヶ月。日々の業務を追いかけている間にまたたくまに時間がすぎてしまいましたが、どうあってもひとりのアーティストとして生きてゆこうと決めた初心を忘れないように活動してゆこうと思う今日でした。
また何十年か経ったときに、世の中に向けて話すべきことがらがあるように、そして、聞いてくれる人がいるように、これからも日々をクリエイティブに生きてゆかなくては。
建築の本の書店 南洋堂のサイトでの紹介
”つながること、触ること”をテーマにインタビューに答えています。
100年の間に卒業した様々な建築家、デザイナー、アーティストの書いた文章やインタビューが集められた本です。古いものになると、”。。。といふ”といった旧かな使いでタイトルが書かれていたりして、歴史を感じます。
100年前といえば、現代美術という分野はなく、デザインという職能さえしっかりしていなかった時代です。そんな時代に既に日本で建築意匠の高等教育があったということを考えると、建築家という仕事の歴史の長さを感じるわけですが、一方で、現代建築の始祖のひとり、コルビュジェだって100年前にはまだ20歳でした。
*
名古屋でデザイナーとして働きだして一ヶ月。日々の業務を追いかけている間にまたたくまに時間がすぎてしまいましたが、どうあってもひとりのアーティストとして生きてゆこうと決めた初心を忘れないように活動してゆこうと思う今日でした。
また何十年か経ったときに、世の中に向けて話すべきことがらがあるように、そして、聞いてくれる人がいるように、これからも日々をクリエイティブに生きてゆかなくては。
土曜日, 9月 15, 2007
今触っているものはどこから来たのか?
自分が今触っているものはどこから来たのか?
ということを最初に考えたのは高校生の時だったと思う。ほとんど全ての製品が、元をたどれば誰かそれを作った人の手に繋がっている。そう思った時から、どんなにコンピュータとロボットが生産に使われるようになっても、手で何かを生み出すことの貴重さを疑ったことがない。
こんなあたり前のことをいま改めて思い出してしまったのは、この6年間日本が間接的に長い終わりの見えない戦争に関わっているということに今改めて光があたっているからなのだけど、どうしてそう思っているか少し説明が必要だと思う。
*
この戦争について考えるとどうしてもゆきついてしまうのは、イラクとの戦いが始まった日のことである。当時はアメリカの学校で働いていたので、大統領の演説はテレビを学生達と囲んで見た。その週には”学校の業務の一環ではない”という但し書き付きで、働いているスタジオのメンバーが上司の家に集まり、思いを話すことになった。上司の家にメンバーが集まるということがある程度重みををもつのは、どの国でも変わらないことである。
この集まりにこの国の市民権を持たない僕がでるのはどうなんだろう、という疑問をもちつつ足を運んだその集まりでは、何故このような形で戦争をする必要がある(あるいは、思っている人がいる)のか、その裏にはどういう物事の考え方があるのか、という僕にはいささか難しい話に話題は移っていったのだけども、メンバーの一人の論旨展開は判りやすかった。それはウォールマート(アメリカの大型スーパー)が地方都市を席巻する際に起こることとパラレルである、という論理である。おりしもその町ではウォールマートの出店の結果地元の商店街が打撃をうけたばかりで、それは外国人の僕が町を歩いていてもわかるくらいだった。
この日僕が学んだのは、”一見非常にローカルに見える出来事が、実はもっと広い世界の出来事と繋がっているのではないか、と考えてみる必要がいつもある。特に、自分は世界の端っこで小さな物事をやっているにすぎない、と思っているときには”ということだと思う。
この考え方に僕はその後何度か出会うことになった。ある国で参加した展覧会では、キュレータ(展覧会の企画を行う人)の上司の学者の持論は”路上のゴミから世界の動きまでを繋いで考えられるようなパワフルな想像力をもっていなければならない”であった。
今こうして雲の上で政治が動いているように見える時、取るに足りない自分と世界を繋いで考えられる想像力が(どんなに疲れていても)重要なのだと思う。
*
ところで、今これを書いているPCのキーがどこで作られたのかさえ僕はわからない。しかし、きちんと調べれば、このキーを設計した人物に電話してみることはこの世の中では可能なのだ。ある出来事と別の出来事がどのように繋がっているのか、一見はっきり見えにくい世の中だからこそ、そこを考えられる想像力が重要なのだろう。
そう考えたときに、遠くで続いている戦争と自分の関わりと、どこから来たかわからない物を使って生きている自分のあり方を同じまな板の上で考えて見る必要が見えてきたのだった。
ということを最初に考えたのは高校生の時だったと思う。ほとんど全ての製品が、元をたどれば誰かそれを作った人の手に繋がっている。そう思った時から、どんなにコンピュータとロボットが生産に使われるようになっても、手で何かを生み出すことの貴重さを疑ったことがない。
こんなあたり前のことをいま改めて思い出してしまったのは、この6年間日本が間接的に長い終わりの見えない戦争に関わっているということに今改めて光があたっているからなのだけど、どうしてそう思っているか少し説明が必要だと思う。
*
この戦争について考えるとどうしてもゆきついてしまうのは、イラクとの戦いが始まった日のことである。当時はアメリカの学校で働いていたので、大統領の演説はテレビを学生達と囲んで見た。その週には”学校の業務の一環ではない”という但し書き付きで、働いているスタジオのメンバーが上司の家に集まり、思いを話すことになった。上司の家にメンバーが集まるということがある程度重みををもつのは、どの国でも変わらないことである。
この集まりにこの国の市民権を持たない僕がでるのはどうなんだろう、という疑問をもちつつ足を運んだその集まりでは、何故このような形で戦争をする必要がある(あるいは、思っている人がいる)のか、その裏にはどういう物事の考え方があるのか、という僕にはいささか難しい話に話題は移っていったのだけども、メンバーの一人の論旨展開は判りやすかった。それはウォールマート(アメリカの大型スーパー)が地方都市を席巻する際に起こることとパラレルである、という論理である。おりしもその町ではウォールマートの出店の結果地元の商店街が打撃をうけたばかりで、それは外国人の僕が町を歩いていてもわかるくらいだった。
この日僕が学んだのは、”一見非常にローカルに見える出来事が、実はもっと広い世界の出来事と繋がっているのではないか、と考えてみる必要がいつもある。特に、自分は世界の端っこで小さな物事をやっているにすぎない、と思っているときには”ということだと思う。
この考え方に僕はその後何度か出会うことになった。ある国で参加した展覧会では、キュレータ(展覧会の企画を行う人)の上司の学者の持論は”路上のゴミから世界の動きまでを繋いで考えられるようなパワフルな想像力をもっていなければならない”であった。
今こうして雲の上で政治が動いているように見える時、取るに足りない自分と世界を繋いで考えられる想像力が(どんなに疲れていても)重要なのだと思う。
*
ところで、今これを書いているPCのキーがどこで作られたのかさえ僕はわからない。しかし、きちんと調べれば、このキーを設計した人物に電話してみることはこの世の中では可能なのだ。ある出来事と別の出来事がどのように繋がっているのか、一見はっきり見えにくい世の中だからこそ、そこを考えられる想像力が重要なのだろう。
そう考えたときに、遠くで続いている戦争と自分の関わりと、どこから来たかわからない物を使って生きている自分のあり方を同じまな板の上で考えて見る必要が見えてきたのだった。
土曜日, 9月 08, 2007
自然は答えをみつける。消費者も答えを見つける。
自然は答えをみつける(Life finds a way)は、たぶんことわざのひとつ。映画”ジュラシック”パーク”では恐竜の島においてけぼりにされた科学者マルコム氏が劇中で何度もつぶやく(あるいは叫ぶ)言葉でもある。この映画の中ではこの自然の適応力(adaptability)に何度も人間は脅かされ、また(確か)救われる。
ところで、世界の半分は人間も自然の一部であることを忘れている。アジアの人である僕にはどうもこの自然と人間の対決というのは馴染みにくいのだけど、以下のような記事を読むと、人間もまた答えをみつける自然の一部なのだなと思う。
*
ニューヨークタイムズの記事
世界のそこかしこにはびこりはじめたIkeaの家具をハックするという記事である。
”ハック”というのは、そもそもコンピュータオタク(あるいは専門家)が既成の機材やソフトウェアをいじってなにか素晴らしい別のものにしてしまう行為を示す言葉なのだけど、ここではその言葉が家具に対して用いられている。
このスライドショーをみたほうがわかりやすいかもしれない。
あるものはごく自然に、またあるものはいささか強引にいじくられて、あるべき場所を見つけたり、別の役目を果たしたりしている。
*
最初に書いた”適応”というのは、コンピュータと人間の間のインターフェイスの世界では割とポピュラーな考え方のようである。いつのまにかメニューの上のほうににいつも使う機能がきていたりするのがその応用例(だと思う)が、”使いやすい”ものをあらかじめがんばって作っておくだけではなく、時間と共に”使われやすく”なってゆくような賢いプログラムをあらかじめコンピュータの側に組み込んでおくものである。
職人や大工の使う道具は、年季を経てその職人の体と使い方に沿った形になってなじんでゆく。この”馴染み”の中には、手の形と力の加わり方によって変形してゆく木の部品など、自然の素材が大きな役割をいささか受け身的に果たしているが、一方で職人は自分で道具を調整したり、自ら道具を作ったりもする。道具と人間の関係が相互に続くことによって”馴染み”感が完成するということなのだと思うが、我々一般ピープルの世界では、人間から道具への働きかけについては、今自分の身の回りにあるモノたちを見る限り、そうそう簡単にできるようになっていない。自分の手にしっかり馴染む携帯。。。なんて、東急ハンズにいってもそうそう簡単には作れない。
Ikeaハックの中には、ハックすることのパンクさを楽しんでいるものがある一方、この”馴染み”感を探しているように見えるものもある。
Ikeaハックは、”自然は答えを見つける”のように”消費者も答えを見つけるんだよ”ということを私たちに示しているのだろうか?
*
このNYTの記事のキーワードは、Repurposing(別の目的を与える)であった。リサイクル、リユースとかけ言葉にしているのだろう。僕の部屋ではトマトの空き缶がペン立てに、大工が使う汎用作業台のための金具がベッドの部品になっています。自分の部屋をみまわして、何かいつのまにかRepurposingしちゃってたものがあったら、是非教えてください。
ところで、世界の半分は人間も自然の一部であることを忘れている。アジアの人である僕にはどうもこの自然と人間の対決というのは馴染みにくいのだけど、以下のような記事を読むと、人間もまた答えをみつける自然の一部なのだなと思う。
*
ニューヨークタイムズの記事
世界のそこかしこにはびこりはじめたIkeaの家具をハックするという記事である。
”ハック”というのは、そもそもコンピュータオタク(あるいは専門家)が既成の機材やソフトウェアをいじってなにか素晴らしい別のものにしてしまう行為を示す言葉なのだけど、ここではその言葉が家具に対して用いられている。
このスライドショーをみたほうがわかりやすいかもしれない。
あるものはごく自然に、またあるものはいささか強引にいじくられて、あるべき場所を見つけたり、別の役目を果たしたりしている。
*
最初に書いた”適応”というのは、コンピュータと人間の間のインターフェイスの世界では割とポピュラーな考え方のようである。いつのまにかメニューの上のほうににいつも使う機能がきていたりするのがその応用例(だと思う)が、”使いやすい”ものをあらかじめがんばって作っておくだけではなく、時間と共に”使われやすく”なってゆくような賢いプログラムをあらかじめコンピュータの側に組み込んでおくものである。
職人や大工の使う道具は、年季を経てその職人の体と使い方に沿った形になってなじんでゆく。この”馴染み”の中には、手の形と力の加わり方によって変形してゆく木の部品など、自然の素材が大きな役割をいささか受け身的に果たしているが、一方で職人は自分で道具を調整したり、自ら道具を作ったりもする。道具と人間の関係が相互に続くことによって”馴染み”感が完成するということなのだと思うが、我々一般ピープルの世界では、人間から道具への働きかけについては、今自分の身の回りにあるモノたちを見る限り、そうそう簡単にできるようになっていない。自分の手にしっかり馴染む携帯。。。なんて、東急ハンズにいってもそうそう簡単には作れない。
Ikeaハックの中には、ハックすることのパンクさを楽しんでいるものがある一方、この”馴染み”感を探しているように見えるものもある。
Ikeaハックは、”自然は答えを見つける”のように”消費者も答えを見つけるんだよ”ということを私たちに示しているのだろうか?
*
このNYTの記事のキーワードは、Repurposing(別の目的を与える)であった。リサイクル、リユースとかけ言葉にしているのだろう。僕の部屋ではトマトの空き缶がペン立てに、大工が使う汎用作業台のための金具がベッドの部品になっています。自分の部屋をみまわして、何かいつのまにかRepurposingしちゃってたものがあったら、是非教えてください。
木曜日, 7月 26, 2007
最初のスイッチ、最後のボタン
世界で最初のスイッチは、どんな形をしていたのだろうか?
家電製品から”レバー”や”ダイヤル”が消え始めたのはいつか?
”電源ボタン”は将来いつ頃、どんな形で僕らの生活から無くなってゆくのだろうか?
大学生のレポートレベルの疑問ですが、休みになったら調べてみようと思っています。
あと、最初に”ピ”と押したら鳴るボタンがついたのはどんな機械だったか、など。
*
両親によれば、僕の感性を最初に刺激したボタンは、エスカレータの非常停止ボタンだったそうです。なぜ親が知っているかというと、僕がそのとき押してしまったからです。
家電製品から”レバー”や”ダイヤル”が消え始めたのはいつか?
”電源ボタン”は将来いつ頃、どんな形で僕らの生活から無くなってゆくのだろうか?
大学生のレポートレベルの疑問ですが、休みになったら調べてみようと思っています。
あと、最初に”ピ”と押したら鳴るボタンがついたのはどんな機械だったか、など。
*
両親によれば、僕の感性を最初に刺激したボタンは、エスカレータの非常停止ボタンだったそうです。なぜ親が知っているかというと、僕がそのとき押してしまったからです。
土曜日, 7月 21, 2007
moving to NAGOYA
今日はお知らせです。
近しい方には既にお知らせしましたが、この9月から転職に伴い、名古屋市に移住することにしました。8月末には引越します。
これからも製作活動とデザイナー業務の二足のわらじのシナジー効果を狙いつつがんばります。
浜松ー名古屋ー岐阜ー京都ー大阪ー神戸圏でクリエイティブで面白い活動をしている方々ともいろいろやってみたいと思っていますので、このへんにいるかたは宜しくお願いします。
携帯の番号は変わりません。
e-mailは、noriyuki1 'at' attglobal.net は変わりませんが、今の職場のメールアドレスはいずれ廃止になりますので、よかったらこの機会にアドレス帳の修正をよろしくです。
とりいそぎお知らせまで
藤村憲之
近しい方には既にお知らせしましたが、この9月から転職に伴い、名古屋市に移住することにしました。8月末には引越します。
これからも製作活動とデザイナー業務の二足のわらじのシナジー効果を狙いつつがんばります。
浜松ー名古屋ー岐阜ー京都ー大阪ー神戸圏でクリエイティブで面白い活動をしている方々ともいろいろやってみたいと思っていますので、このへんにいるかたは宜しくお願いします。
携帯の番号は変わりません。
e-mailは、noriyuki1 'at' attglobal.net は変わりませんが、今の職場のメールアドレスはいずれ廃止になりますので、よかったらこの機会にアドレス帳の修正をよろしくです。
とりいそぎお知らせまで
藤村憲之
日曜日, 7月 15, 2007
Human Architecture Interaction?
以前mixi日記に投稿したものの転載です
(情報は1年以上前のものです)
*
1年ほど前の日記に
大阪、中ノ島の関西電力ビルのインタラクティブな照明について書いたのだけど、今年のクリスマスは、そこで、ちょっと変ったイベントをやっているようです。
梅田にあるスカイビルの屋上に設置された、このビルのミニチュアを触ると、1.5kmくらい離れたところに見える本物のビルの”触った”ところがバッチり(かどうかはまだみていないのだけど)光るそうです。
以下、チーフプランナーの西村さんからのメールより抜粋。
大阪にこういうのが好きな知人がいましたら、知らせてもらえると嬉しいです。
僕はこの3連休に見に行っとこうと思っていたのだけど、うーむ。仕事がおわるかな。。
●参加するライトアップ「Touch the Light」、25日まで公開中
関西の方は、先週末の新聞や、今夜のニュース番組でご存じかも。
関西電力「リブリット」のオプションが、17日から
大阪・梅田スカイビル屋上の空中庭園展望台で公開されています。
http://www.liv-lit.jp
リブリットは、関電ビル頂部で風の動きを映している照明。
その1/100サイズの端末を、梅田スカイビル屋上に設置。
手で触れると1.5km先にあるビルの頂きに、
触っている様子がリアルタイムで映しだされます。
ちなみにこのアイデアは、
友人の藤村憲之さん(http://www.andrew.cmu.edu/user/noriyuki/ )
とのブレストで生まれたものです。
開催中のイベント「中之島・光のルネサンス」に関連して公開。
「地域の方々に、参加できる都市照明を楽しんでほしい」と関電さん。
今週25日まで、毎日18ー20時。
展望台の入場料が要りますが、
近くにお住まいの方は、どうぞ遊びに行ってみてください。
(情報は1年以上前のものです)
*
1年ほど前の日記に
大阪、中ノ島の関西電力ビルのインタラクティブな照明について書いたのだけど、今年のクリスマスは、そこで、ちょっと変ったイベントをやっているようです。
梅田にあるスカイビルの屋上に設置された、このビルのミニチュアを触ると、1.5kmくらい離れたところに見える本物のビルの”触った”ところがバッチり(かどうかはまだみていないのだけど)光るそうです。
以下、チーフプランナーの西村さんからのメールより抜粋。
大阪にこういうのが好きな知人がいましたら、知らせてもらえると嬉しいです。
僕はこの3連休に見に行っとこうと思っていたのだけど、うーむ。仕事がおわるかな。。
●参加するライトアップ「Touch the Light」、25日まで公開中
関西の方は、先週末の新聞や、今夜のニュース番組でご存じかも。
関西電力「リブリット」のオプションが、17日から
大阪・梅田スカイビル屋上の空中庭園展望台で公開されています。
http://
リブリットは、関電ビル頂部で風の動きを映している照明。
その1/100サイズの端末を、梅田スカイビル屋上に設置。
手で触れると1.5km先にあるビルの頂きに、
触っている様子がリアルタイムで映しだされます。
ちなみにこのアイデアは、
友人の藤村憲之さん(http://
とのブレストで生まれたものです。
開催中のイベント「中之島・光のルネサンス」に関連して公開。
「地域の方々に、参加できる都市照明を楽しんでほしい」と関電さん。
今週25日まで、毎日18ー20時。
展望台の入場料が要りますが、
近くにお住まいの方は、どうぞ遊びに行ってみてください。
掲載:Yahoo! Research Berkeley
以前mixi日記に投稿したものの転載です
サンフランシスコ近郊にあるYahoo!の研究所のブログで、作品を紹介してもらいました。書き手は、2年ほど前の展覧会で一緒に展示したAyman君です。
http://yahooresearchberkeley.com/blog/2006/11/27/some-dinner-tables-know-your-friends/
サンフランシスコ近郊にあるYahoo!の研究所のブログで、作品を紹介してもらいました。書き手は、2年ほど前の展覧会で一緒に展示したAyman君です。
http://
サイエンスカフェのブログ
以前に書いたmixi日記からの転載です。
4月に参加した サイエンス・カフェについて、会場にきてくれた方が感想をブログに書いてくださっています。
http://scicomjp.blogspot.com/2007/04/blog-post_22.html
うーん。この人、たぶん話しをしたのだけど、誰だったかな。。
4月に参加した サイエンス・カフェについて、会場にきてくれた方が感想をブログに書いてくださっています。
http://
うーん。この人、たぶん話しをしたのだけど、誰だったかな。。
日曜日, 7月 01, 2007
月曜日, 6月 25, 2007
話すように描く、描くように話す
話すように描き、描くように話すデザイナー、Bill Verplankさん。
Billさんの描く、話すはこのページでみることができます。
(すぐにムービー再生がはじまるので注意)
http://www.designinginteractions.com/interviews/BillVerplank
話すこととイメージすることのバランスはいつもこのようにありたいものです。
Billさんの描く、話すはこのページでみることができます。
(すぐにムービー再生がはじまるので注意)
http://www.designinginteractions.com/interviews/BillVerplank
話すこととイメージすることのバランスはいつもこのようにありたいものです。
日曜日, 6月 24, 2007
Creativity and Cognition 2007
Washington DCでクリエイティブ系の学会に参加。
*
今回の出会いは、1年振りに再会したYahooの研究所のAyman君に加え、同じセクションで発表したDana Gordon とJBことJean-baptiste(ジャン•バスティーリュとかそんな発音)。
ダナは2年前のロンドンでの展覧会で実は僕と一緒に展示していたのだけど、僕はオープニングにいられなかったので知らなかった。JBとダナはイタリアの学校でのクラスメートだったそうだ。

写真は2日目の昼に(お仕着せのランチをパスして)散歩した時のもの。お互い共通の知人もいて(世界は広くて狭い)、やっていることの領域も近いので、せっかくだからひとつコラボレーションをしようということになる。
その布石ということでJBが僕にくれたのが、導電性の糸。要するに、電気を通す糸です。JBはこれを使って”柔らかくて洗えるスイッチ”を刺繍で 作ってしまっていて、これはなかなか面白い。あやとりの糸の構成と電気の流れを組み合わせたら面白いものができないかな?と思う。早速やってみよう。もの すごく小型の電池があるといいな。ビーズくらいの。。
*
JBはインタラクティブアートと子供の創発性についてかなりきちんとした発表をしていた。さすが学者の卵である。
ダナの発表は、エンジニアとの恊働のプロセスについて。
ものを作ったり、企画を練る仕事をしている人にはわかりやすいと思うけれど、アイデアの進展は1直線ではない。複数のアイデアが枝分かれし、立ち 消えたり少し立ち戻ったりしながらある日の締め切りに向かって作業が進んでゆく。これをきちんと目に見える形に表現しているのがいかにもデザイナーらし く、好感のもてる発表だった。

僕の発表は、自分の作品制作に現代美術の作品がどのように繋がっているかを説明するもの。デニス•オッペンハイムという現代美術の作家の作品を中心に説明。写真はJBが撮ってくれたもの。
*
今回は、いってみれば、”作る前”のことをお互いに話にきたのだけど、今度旅をするならやはり何かを作りにいってみたい。
ちょっと引いて考えてみれば、今回は人の繋がり、意見の交換などのリンクを作りにいったといえなくもない。やはり、人との出会い、意見の交換のな かでないと、クリエイティビティが生まれにくいのが僕の人生なのだけど、今回ここに集まった人たちも、そんな匂いのする人たちだった。
もちろん、理屈ばかり捏ねてたってなにも生まれないのだから、こんなことばかりしていても仕方ないのだけど。バランスが大事です。
*
今度は彼らを日本に呼べるといいな。
*
今回の出会いは、1年振りに再会したYahooの研究所のAyman君に加え、同じセクションで発表したDana Gordon とJBことJean-baptiste(ジャン•バスティーリュとかそんな発音)。
ダナは2年前のロンドンでの展覧会で実は僕と一緒に展示していたのだけど、僕はオープニングにいられなかったので知らなかった。JBとダナはイタリアの学校でのクラスメートだったそうだ。

写真は2日目の昼に(お仕着せのランチをパスして)散歩した時のもの。お互い共通の知人もいて(世界は広くて狭い)、やっていることの領域も近いので、せっかくだからひとつコラボレーションをしようということになる。
その布石ということでJBが僕にくれたのが、導電性の糸。要するに、電気を通す糸です。JBはこれを使って”柔らかくて洗えるスイッチ”を刺繍で 作ってしまっていて、これはなかなか面白い。あやとりの糸の構成と電気の流れを組み合わせたら面白いものができないかな?と思う。早速やってみよう。もの すごく小型の電池があるといいな。ビーズくらいの。。
*
JBはインタラクティブアートと子供の創発性についてかなりきちんとした発表をしていた。さすが学者の卵である。
ダナの発表は、エンジニアとの恊働のプロセスについて。
ものを作ったり、企画を練る仕事をしている人にはわかりやすいと思うけれど、アイデアの進展は1直線ではない。複数のアイデアが枝分かれし、立ち 消えたり少し立ち戻ったりしながらある日の締め切りに向かって作業が進んでゆく。これをきちんと目に見える形に表現しているのがいかにもデザイナーらし く、好感のもてる発表だった。

僕の発表は、自分の作品制作に現代美術の作品がどのように繋がっているかを説明するもの。デニス•オッペンハイムという現代美術の作家の作品を中心に説明。写真はJBが撮ってくれたもの。
*
今回は、いってみれば、”作る前”のことをお互いに話にきたのだけど、今度旅をするならやはり何かを作りにいってみたい。
ちょっと引いて考えてみれば、今回は人の繋がり、意見の交換などのリンクを作りにいったといえなくもない。やはり、人との出会い、意見の交換のな かでないと、クリエイティビティが生まれにくいのが僕の人生なのだけど、今回ここに集まった人たちも、そんな匂いのする人たちだった。
もちろん、理屈ばかり捏ねてたってなにも生まれないのだから、こんなことばかりしていても仕方ないのだけど。バランスが大事です。
*
今度は彼らを日本に呼べるといいな。
登録:
投稿 (Atom)
