月曜日, 2月 15, 2010

ソウル、UXデザインという仕事、HCI Korea

1月から韓国、ソウルにきています。ここではUXデザイン(User Experience Design)という仕事をはじめてます。

もうすぐ来てから1ヶ月、生活の基本はセットアップ終了、しかし韓国語はまだこれから。日本の大学での研究も再スタートを切らなくてはいけないし、作品の製作発表機会も場所を問わず作ってゆかなければ。

この週末はLunar new year's dayというお休みでした。要するに旧正月。ソウルは、というか、韓国全体もそうかもしれないが、クリスチャンが多く、そのため町を歩いていても教会が目立つ。仏教もそれなりに盛んなはずだが、 日本のようにそのへんに神社仏閣が、、ということはない。そのためか、正月といってもあまりお祭りの雰囲気はなし。同僚に聞いても、皆家族と一緒に過ごすものだとか。アメリカでいうThanksGivingに近い意味合いで皆過ごすのでしょう。

デザインやアートのシーンはどうなっているのか?
まだこれから頑張って探してゆかなければならないところですが、

1)建物のデザインには興味深いものがいくつかありました。

インサドンギル(仁寺洞ギル)にある
サムジーキル(쌈지길)
(以下日本語の案内)
http://www.atspcom.jp/korea/shop/ssamziegil/ssamziegil.html

この建物は、東京にある表参道ヒルズのようにゆるい螺旋を描いて中庭を中心に上ってゆく構造になっています。

どちらが先なのか?
サムジーキルは2004年にできた。表参道とだいたい同じ時期ですね。。
この中には、ファッション、雑貨の店がはいっていますが、クオリティが高い。かつ、基本的に韓国のものを売っている。

いくつかの店は、モダンな工芸品の店で、作家自ら店を運営している。
http://www.banggallery.co.kr/
(ウェブサイトをひらくと音楽が流れるので注意)
は、昔の家のドアや家具の一部を使って新しい家具をデザイン、販売している工房。

http://tabisuke.arukikata.co.jp/mouth/59919/
ここも、モダンな金属工芸品の店。
モビールですばらしいものがいくつかあった。

2)HCI Korea

HCI(Human Computer Interaction)の韓国の学会を見てきました。

延世大学のHCI Labのプレゼンテーションは良かった

ゲストパフォーマンスとして近藤哲也さんがライブ演奏を行い
(以下近藤さんの紹介のあるページ)
http://amc.geidai.ac.jp/?p=960

近藤さんの紹介で、Hongik Universityの

Kim Younghui
http://www.younghui.com/

Suh Dongsoo
http://dmdwcu.hongik.ac.kr/index_e.html
に会うことができた。


まだまだこれから。結果もなにも出ていないし、仕込みもこれからというところです。

月曜日, 3月 23, 2009

東京という街と祝祭

半年ほと前の長野でのハーフマラソンに続いて、いささか無茶ではあったのだけれど、東京マラソンを走りました。今回はフルマラソンです。友人の多くが応募をしたなかで、抽選に通ったのが僕ひとり。時々友人達のあたたかい声援にはげまされながらの完走となりました。

東京は僕が19歳で大学の寮でひとりぐらしをはじめてから、途中藤沢やアメリカに住んだ時期もあり、一昨年名古屋に移り住んだりもありますが、のべで10年以上も暮らしてきた街です。

新宿の中央公園で集合、都庁前スタート、飯田橋で皇居方面に向かい、日比谷公園、芝公園を通り、国道1号を品川へ。品川駅のすこし手前で折り返し、ふたたび日比谷へ、銀座のガード下が中間地点、銀座、日本橋を通り、浅草橋、浅草の雷門前でふたたび折り返し、もういちど日本橋、銀座に向かい、銀座から豊洲方面に向かう地点が35km。

ここからいくつか高架や橋を通る埋め立て地エリアにはいり、それぞれの橋の最初の半分が、数少ない上り坂となります。

埋め立て地は車中心の都市計画。遮るもののない広い道で、横殴りの強い雨と風の中、ビッグサイトのゴールに向かいます。


10年以上暮らしてきたおかげで、コースの殆どが、かつて歩いたことがあったり、バイクで走った道でした。あと何キロでどこに着くか、身体でなんとなくわかったことが、完走できそうだという気持ちに繋がり、不安がなかったのが良かったことでした。

途中何度も考えたことが、都市と祝祭ということでした。
最初の集合は、3万5千人が新宿に集まるひとつの大きなイベント。預ける荷物は大型トレーラーになげこまれ、大きなスピーカーからのアナウンスが飛び交う。映画”未知との遭遇”の最後のコンタクトシーンのようでした。

東京のような第一級の都市の大通りを通行止めして行う走りは風景として圧巻です。
かつてベルリンで展示を行ったとき、ある日がローラーブレードのレースの日でした。街のそこかしこが通行止めになり、高架の上を人がもにすごいスピードで走り抜けていったのを思い出しました。

このような、規模の上での祝祭感と並んで、多くのボランティアや、特に浅草周辺の下町、旧下町エリアでの沿道の人のあたたかさ、参加感は感動するものがありました。沿道の人の多くがチョコレート、飴、あたたかい飲み物を振る舞います(ここにさしかかったころ、冷たい雨と風が再びはじまったのでした)私の母は最近入籍した私の妻と一緒に浅草で僕をまっていたのですが、いつのまにやら他のランナーに飴をふるまっていたようです。

こういったことを体感して感じたのが、都市のモダンな祝祭としてのマラソンということです。
学生のころ、都市の中での非日常ということに関心をもっていたのですが、
このマラソンはそのひとつであると思います。

特に、東京の西半分は戦後人口が増大し、開発されたエリアであることから、浅草の三社祭りのような伝統的な大規模な祝祭に欠け、近所の神社での秋祭りや盆踊りがあるのが関の山。。。という状況でした。コミケのようなモダンで大規模な祭りは、それを欲する人のために専用の場所(ビックサイト)で行われ、日常の風景の中に登場することはありませんでした。

東京マラソンは、この 
1)東京における大規模な祝祭の欠落 
2)モダンな祝祭が日常から排除される仕組み上の問題が1)に輪をかけている 
という2つの問題を解決していると考えます。

東京の、現代の祭りとして、東京マラソンを見たときに、これは今後も大きな可能性をもっていると感じたのでした。

*もひとつ、このような都市規模の祝祭の中でのモバイル技術(要するに、携帯)の役割についても雑感がありますが、まだまとまっていないので、次の機会に書きたいと思います。

日曜日, 6月 22, 2008

ジマンパワーとマラソン

先日、友人にさそわれて、生まれてはじめてハーフマラソンというものにでました。
結果は、”這ってでも完走”という目標はかろうじて達成できたものの、最後の5kmは走れないのでとぼとぼ歩く(両足が宙にうかない)というさんざんなものでした。

白状すると、今回の参加はジマンパワー80%、友人と走れる楽しさ15%、自分の健康に気遣う5%という分量のやる気で参加していたのでした。

この研究者のブログをみるかぎり、”ジマンパワーにはまだよくわかっていない部分が多い”そうで、ああ、未解明のものをたよりにしていたとはなんとリスキーであったのだろうかと、反省しながらも、今後のジマンパワーの解明に期待している私でした。

ジマンパワーの副作用として、”たまに走りたい”病にかかりました。今日も雨の間をぬって数km走りました。

また、ジョガーを支える技術は、上記研究中のジマンパワーだけでなく、シューズ、ウェア、ジョガーSNSmp3,GPSなどなど日夜進んでおり、このへんの勉強と(可能であれば購買も)重要かと思ったのでした。

又今後、”たまに走りたい”病が深まっていく様子など、お伝えします。

日曜日, 3月 09, 2008

サイエンスカフェでのトークのレポート

先日2月23日に東京で行ったMySpace+カフェシアンティフィーク東京での僕のトーク、
写真、ビデオ、ライターの庄司さんによるレポートが以下に掲載されています。

http://blog.myspace.com/cafejp

文章、写真、動画。。。。ともりだくさん。サイエンスカフェの雰囲気がよく伝わるレポートです。是非みてみてください。

MySpaceは最近日本語版ができたSNSです。音楽関係の方のページが多いそうですよ。

日曜日, 1月 20, 2008

Bellagio

新年から仕事でラスベガス、NY、ニュージャージーをまわってきました。

タイトルにあるBellagioは、ラスベガスにあるカジノ及びホテルです。僕の宿泊先はここではなかたのですが、映画”オーシャンズ。。。”シリーズにもでてくるこのホテル前の大噴水を見に、同僚と散歩していたのでした。

Bellagioについてのうんちくはこちらでどうぞ。


この噴水、ただ万遍と水を吹き出しているものではなく、各ノズルが動き、吹き上げる高さも高い時にはホテルそのものの高さくらいまで吹き上がるというゴージャスなものです。4、5分で終わるこの噴水ショウは、いまいちスケジュールが場当たり的なので、1日目は殆ど終盤を見ただけでしたが、2日目、寒い中待って全編見た甲斐がありました。凄かった。

正直言って、涙が出ました。いくらすごいものでもこれを見て泣く人はそういないのではないだろうか。。。だって、たかが噴水ですよ。水をポンプで汲んで吹き出して、音楽鳴っているだけです。僕はきっとなにかの種類の変人なのだなあ、と思うのでした。


ここ数年心のなかでいろいろ分散していた物事が、ぴったりひとつに嵌ったような気持ちになりました。これから自分が何をしなければならないかが、余分なことなくクリアに見えた夜です。こんな気持ちになることはなかなかないもので、これから10年くらいは何かがあると、僕はこの夜の噴水を見て涙したことに戻ってくるのかもしれません。


というわけで、ラスベガスに行かれる方は、カジノでお金をするのもいいですが、この噴水は見ておいてください。



近くにあるホテル、Venetian は、建築関係者にはおすすめです。要するに、ヴェニスをモチーフにしたテーマパーク的リゾートホテルですが、ヴェニスの建築的クライマックスを克明かつうまいこと組み合わせている様がただものではないです。建築史の教科書にでてくるようなヴィラ、橋(特に、嘆きの橋(または、ため息の橋)があったのには驚きました。こんな小さいものわざわざ作らなくてもよいのに)、広場がほとんどそのまま、何故かあります。ここまで正確に作らなくても別に誰も怒らないのに、何故ここまでこだわったのかは興味あるところです。

ちなみに、隣にあるParisというホテルもテーマパーク的にパリをモチーフにしています。半分くらいの大きさのエッフェル塔、1/3くらいのガルニエのオペラ座、凱旋門からできてますが、Venetianほどのこだわりは感じませんでした。

月曜日, 12月 10, 2007

紙、ロボット、袋、100の短編

1)紙とロボット

こちらは、ロボット•カミイ。30年ちかく経って再びみた表紙、覚えていたと思っていたのと大分違いました。
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=422
このページのコメントにもありますが、確かに、この本を読んだとき、幼いながらに”死ぬ”ということを考えさせられたように思います。

一方こちらは、段ボールのロボット(の人形)
リボルテック•ダンボー
アニメか何かのキャラクターのようですね。


2)FREITAG
段ボールのざらっとした質感、というところでしか繋がりがありませんが、
先日、一仕事終えたので、前から欲しかったFREITAGのバッグを手に入れました。

既に廃品、じゃなかった、使い古しの材料でできたものを新しく買う、というのは、中古の服を選ぶのとも、アンティークに見えるデニムを履くのとも違う。
ビニールの質感がいまいち馴染めないので、一番小さなメッセンジャーバッグを通勤用に使うことにしました。

3)本
Bradbury Stories
1年ほど前に出張でいった先の大学生協で6ドルで購入。辞書のように分厚い。
ひとりの作家の短編が100編はいっている。週末に1編というペースで読んでます。

自分の作っているものから理屈を抜いたあとに残るトーンというか、雰囲気のようなものが、この作家の文章のトーンと近いように思えてならない。そう思って手にした100編。読み終える迄にそのトーンが何なのかしっかり把握したい。

日曜日, 10月 14, 2007

数式でコミュニケーション

先日、プレゼントに電卓を購入した。
これ

モノリスというニックネームの電卓である。モノリスという名前をあの”2001年宇宙の旅”に出てくる石板からとっているのなら、漆黒でなくてはいけないし、各辺の長さが1、2、3の二乗である1:4:9でなくてはならない。(原典はここ)と思うのだが、この商品は漆黒というところだけモノリスっぽい。

ところでこの電卓は、いまどき珍しくルートキーがついている。珍しくない?
おそらく贈った人物は、電卓を使うことは多くても、ルートなどは仕事のなかでも使うまい。。。このキーはお隣さんの0やM+の横で永遠に押されないまま時を過ごすのだろう。


エレガントな日本製の電卓についた、永遠に使われないキーとその先の機能のことを考えていたら、父から電話が。
”。。。。で、ちょっと話が変わるんだが、ある数式の値を求めてほしいんだよ。20ルートSイコール。。。”

数式の値を求めてほしいという依頼は、一生にそうあるものでもない。変わった親子の会話ではないか?

父は子供の僕に2と3のルートの語呂合わせを教えてくれた人物で、恩義がある。式を解くためにあのルートキーのついた電卓があると便利なことに気づく。僕自身の親孝行のためにもこの電卓が必要かもしれない。次は父にこの電卓を贈ろう。